神奈川工科大学・環境化学技術研究所では,環境分析,環境浄化にむけた新たなシステムの構築,新規材料の開発等,様々な環境にかかる調査研究を行っている。このうち,最も基礎的であるが,経年的なデータの集積によって,環境改変の実態を把握しようとする河川環境モニタリングは,重要な課題の一つに位置付けている。この方法の一つに生物学的なアプローチがある。指標生物によるものはその代表的な方法であるが,それに加え,最近では,遺伝子分析による調査も実施されるようになってきた。河川の物理的,化学的な変化が,生物の多様性にどのように影響しているのかを検証するために,遺伝子情報の変化に着目し,評価しようとしている。過去に形成された分布域が現在どのように撹乱され,この影響はどれくらいかを見積もり,また旧来からなる遺伝的な系統を有した個体群はどこに生息しているのかを明らかにすることは,将来における生物多様性の維持に向けた極めて重要な知見となる。
河川性の生物の生息域がある程度限られていることに加え,対象とする生物の種類数や個体数が多いことが,この方法を比較的容易にしている。近年の応用生態工学の分野では,この遺伝子情報を加えることによって,多くの新たな知見が得られるようになってきた。
河川性の無脊椎動物のうち,比較的知られた分類群には,カゲロウ,カワゲラ,トビケラの各目の生物がいる。このうち,カゲロウは個体数も多く,また,幼虫分類がある程度進んでいるので,分類作業が他の分類群に比べて容易であるといえる。このように,遺伝子分析の対象生物としては,この点では,カゲロウは有用性が高い動物といえるが,分類上の問題点がいくつかある。それらを整理すると以下のようになる(石綿・竹門,2005)。
多くの分類群がそうであるように,日本産カゲロウ類の研究は,古くはヨーロッパの研究(McLachlan R.,Eaton E. A. , Ulmer G.)によってなされた。日本人による研究は,松村松年,高橋雄一,洞沢勇によって行われたが,いずれも簡易な図や文で記載されることが少なくなかった。時を前後して,上野益三,今西錦司らによって本格的なカゲロウ研究が進められ,詳細な記載に基づく多くの新種が発表された。その後,御勢久右衛門に続き現在に至っている。これまでに述べた各研究者によって用いられたタイプ標本については,McLachlan などの国外の研究者によるもの,国内では松村及び今西によるものは,その多くが該当する研究機関などで保存され,現在においても再調査が十分可能である。一方,高橋や多くの新種を記載した上野及び御勢の標本ついては,ほとんどが紛失あるいは所蔵機関不詳であり,再調査が難しい状況にある。この頃,国外の研究者によって,日本産カゲロウ類の分類学的な研究も進められてきており,Hubbard (1988, 1989) ,Bae & McCafferty (1991) による,分類学的な検討が行われた。また,一方で,御勢及び上野記載のカゲロウ類標本の所蔵状況に関する問い合わせなど,日本産カゲロウ類についての分類学的な再検討が求められていた。そのことを背景に,Ishiwata (2001) は日本産カゲロウ類のチェックリストを作成し,各分類単位のタイプ標本やその産地を調査し,21のシノニム,8の新組み合わせなどの分類学的な整理を行った。
最近,カゲロウの分類学的研究に関わる方法が大きく変わり,遺伝子分析がその一部にとってかわるようになってきた。おそらく,この方法は,分類研究の隆盛を極めることになり,それに伴い,隠蔽種の存在が大きくクローズアップされるものと考えている。そこで重要とされることは,標本,タイプ産地,それらの収蔵機関などの情報である。シノニムとされた種の復活に伴う標本の再調査,レクトタイプ,ネオタイプの指定など,整理すべき内容が多い。
本科のホームページに載せたカタログでは,日本産カゲロウ目を13科39属150種2亜種に整理し,各(亜)種のタイプ情報,記載ステージ,分布などを記述し,これまでの日本産カゲロウ目について総説した。また,ここではIshiwata (2001) のチェックリスト以後に公表された属名,種名などの変更や訂正について,本稿に反映させ,日本産カゲロウ目のチェックリストとしても最新のものとした。
応用化学科 高村岳樹