実践から化学を学ぶことを通して“自ら考え、自ら実践できる人材”を育成します

身体の半分が工場生まれという話

こんにちは高村です。

こないだまでの梅雨空とは打って変わって、学内ではセミが大量に(多量に?)鳴き始めました。ついこないだまでの夕方はヒグラシが鳴いている〜といった穏やかな天気と違って、四六時中アブラゼミが泣いています。暑さ真っ盛りですね。今年は海も開いておらず、プールも閉まったままなため、川で過ごす人が多いです。昨今のキャンプ流行りもあって、キャンプできそうな川辺は結構人がいっぱいいます。大学近くの相模川での事故も相次いでいます。

そんな国内ですが、海外では大規模な爆発事故がおきていました。ベイルートでは硝酸アンモニウム(硝安)の爆発 (Youtubeへリンクします)で多くの方が亡くなられています。多くの記事に記載されているように、硝酸アンモニウム自身は比較的安全で常温では爆発性は低い化合物です。しかしながら火災などの何らかのきっかけで260℃〜300℃で自己分解すると、以下の様な化学反応が進みます。

2NH4NO3 → 2N2(g) + O2(g) + 4H2O(g)

もともと固体であった硝安は、燃焼などの外部の刺激をきっかけに一気にガスになって分解し、結果、(密閉状態にあれば)爆発します。ましてやベイルートの硝安は3000トンですから、その破壊力は想像以上のものだと思います。

昔、ジンジャーシロップにイーストを入れてガラス瓶に封入して発酵させようとしたら、数時間で瓶が木っ端微塵に吹っ飛びました・・発酵により、炭酸ガスが瓶内に充満されたためで、その場にいたら多分大怪我では済まなかったと思います、ガス圧は侮れません(もちろん硝安はその比では有りませんが)。硝安の簡単な紹介記事がありましたのでリンクを貼っておきます(アイキャッチ画像はリンク先のものです)

もっとも、純粋な硝安は200℃〜250℃で穏やかに加熱すると、

2NH4NO3 → N2O(g) +2H2O(g)

のように分解し、麻酔用の笑気ガス(N2O)を得ることができます。

硝安の用途は、70%が肥料として用いられています。キャベツなどの硝酸イオンを好む植物には肥料としても有効のようです。
さて、そんな硝安ですが、どうやって作るのでしょうか?反応式レベルでは比較的簡単で、

NH3 + HNO3 → NH4NO3

アンモニアを硝酸で中和するだけです。そのアンモニアはどこから?というと、

N2 + 3H2 ⇄ 2NH3

で合成します。いわゆるハーバ・ボッシュ法で合成されます。高校の教科書でしか見たことない反応かもしれませんが、空気中のN2(窒素)を肥料原料(アンモニア等)に変換する事が可能な優れた反応で、この反応のおかげで、我々人類は食料を手にすることができると言っても過言では有りません。つまり肥料の原料となるアンモニアは工業製品であり、その肥料で栽培された植物(およびそれを餌としている動物)を摂取している私達の身体は、窒素に関して言えば、もはや工業製品と言えるのかもしれません。

ハーバーとボッシュが窒素固定(大気中の窒素を利用できるように化学変換する)技術を開発し、人類を含む環境にどのような影響を与えたかは、トーマス・ヘイガーの著した「大気を変える錬金術 〜ハーバー、ボッシュと化学の世紀〜」(みすず書房 ISBN 978-4-622-08658-1 C1043)に詳細に記載されています。

私の不自由な日本語伝達能力より、朝日新聞の書評に明快です。

「今や、自然が固定するのとほぼ同量の固定窒素が彼らの方法(ハーバー・ボッシュ法)を使って生産されているという。私たちの体内の窒素の半分は工場生まれであり、世界の人口の半分はそのおかげで生かされているといっていい。」(朝日新聞 2010年06月27日 朝刊 辻篤子著)

この空気中の窒素の固定技術は、人類の食糧問題を解決している一方で、多量の窒素化合物を環境中に放出していて、窒素過剰の環境問題を現在引き起こしています。
工業と人類さらに環境のバランスをどのように考えるかは、昔から重要な課題ですが、環境に関しては、昨今注目され始めたばかりです。似たような問題は今後も生じる可能性があります。口先だけでなく「高い緊張感を持って注視する」必要があります。